暇の向こう側 ~暇つぶしてミラクル~

暇つぶしに野原を散歩してたら馬に出会いそれ以降多忙。野草食ったり木の実食べたりイギリス生活お馬さんと一緒。

大地に届けられた大切なパーセル

 

 

風が強い日だった。

昨日のジリジリと刺すような日差しが嘘のように、今日は少し肌寒い。

 

私はコートハンガーの前で一瞬迷ったが、ジャケットを手に取りそれを羽織った。そして、昨日自分で修理した長靴を履いてフィールドに出かけた。

 

初夏のイブニングタイム。好きな時間。

フィールド一面に咲き乱れる黄色いバターカップが、傾いた日差しに照らされてゴールドにピカピカと輝く。風がそれらを揺らして一層キラキラと輝いた。私の気配に気がついて野うさぎがフィールドをぴょんぴょんと横切って行った。




 

 

木のトンネルを抜けた向こうでは、馬たちがのどかに草を食んでいる。いつもと変わらぬ風景。

馬たちのいるフィールドに歩き進んで行くと、一頭の馬がそわそわと行ったり来たりしているのが見えた。

 

お腹の大きい馬、シュガーだ。

 

よく見ると、しっぽが上がっていて、おしりから、何か白いものが出ている。

 

 

瞬時にそれが何なのか解った。

 

お産が始まるのだ。

 

 

私は、茂みに身を隠して遠くから様子を見ることにした。絶対に気付かれちゃダメだと思い、息を潜め、スローベリーの茂みのトゲに気をつけながら気配を消す努力をした。

 

 

 

シュガーは横になりゴロゴロしたかと思うと、また立ち上がってそわそわ歩きを始めた。産み場所を探しているのか、歩いてないといられないのかウロウロしていて、他の二、三頭の馬が心配そうにシュガーの後をついてまわっている。

 

 

また、横になってゴロゴロし始めた。しばらくして、動きが止まった。

 

聞こえるのは、風に揺れる木々の音と鳥たちの囀りだけ。

 

そして私は茂みと茂みの間から、その神々しい厳かな光景を見た。

 

白のようなブルーのような半透明のなんとも形容しがたい神秘的な色のベールに包まれた物体が母馬の体内から出て来た。出て来たというより、するっと大地の上に大切なパーセルが送り届けられたという感じだった。

 

半透明のそのベールは、夕暮れのオレンジの光に透けてキラキラ輝いていて、もし天女の羽衣が存在するなら、それはきっとこんな感じなんだろうな。と思った。その天女の羽衣の中でうごめく仔馬のシルエットが見えた。

 

母馬のシュガーが立ち上がったと同時に、その天女の羽衣はテーブルクロスをすうっと引くように引かれその中から、頭に白い線のある黒色の仔馬が産まれた。

この瞬間が産まれた瞬間なんだと思った。


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シュガーが仔馬をペロペロなめている。ほかの馬たちもやって来て、新しいメンバーに挨拶をしているようだ。

いつの間にか、他の馬がたくさんやってきていて、まだ立てない仔馬をみんなでガードしている。

 

無事お産を終えたシュガーは、最初からずっと付き添ってくれていた馬、ドコちゃんに首を擦り付けている。ありがとうって言っているようだ。ドコちゃんもお腹が大きい。もうすぐお産を迎える。

 

それはそうと、仔馬がなかなか立ち上がらない。仔馬は産まれてからどの位で立ち上がるのだろうか。もう三十分は経っている。辺りが薄暗くなってきた。ガサッと音がしたと思ったら、狐が割と近い距離のところを走っていった。

 

仔馬は何度も立ち上がろうとしては転んで、また立ち上がろうとしては転んだ。まだ後ろ足がうまく動いていない。頑張れ。もう少し。

 

すると、シュガーが仔馬のそばに横たわった。ちょっとの間、添い寝をしている。そして立ち上がった。

こうやって立ち上がるのよ。

と、教えているみたいだ。

 

その後、か細い前足を立てて、フラフラしながら後ろ足で踏ん張り、仔馬は遂に立ち上がった。

 

 

産まれてから40分後のことだった。

 

気が付くと、私の頬には涙が伝っていた。

遠くでそれを見守って感動した。

とか、そんな安っぽいことではなくて、言葉では言い表すことの出来ない感情だった。いや、感情ではないのかもしれない。それは鼓動のような本能的な何か。

見守るとかそんな上から目線ではない。力強い生命の誕生を目の当たりにして、見守るなんて、人間の驕った思い入れ。私は完全に彼らの外。部外者なのだ。入ってはいけない。入れない。見守る事さえ彼らは望んでいないだろう。

 

今見たことは、彼らにとって特別でも何でもないのだろうけど、それは私を浄化してこんなにも幸せなそして豊かな気持ちにしてくれた。

 

見させてもらってありがとう。それと、こっそり覗いて見たことを謝るよ。ごめんよシュガー。もしかして君は気が付いていたのかもしれないね。

 

フィールドを後にし、小径をぬけて公道に出ると、風が止んでいた。空気が生温かい。息を潜め気配を消して張り詰めていた緊張が解けたし、魔法も解けたようだ。

 

空はすっかり紫色に覆われていて、西の方の空に微かにオレンジ色が残っている。

 

そのちょっと上で、宵の明星が微笑んでいた。

 

 

 

 

 

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