はじめに言っておく。
我の馬ではない。
フィールドに放し飼いにされている馬だ。
たとえば里帰りで日本に帰っても、イギリスの物でミッシングするものはあまりないが、チーズと広大なイギリスのカントリーサイドの景色は恋しくなる。
麦畑を抜けて、馬が放し飼いされているフィールドをくねくねと縫って歩く遊歩道。遊歩道の脇に人懐っこい馬たちがくることもある。もちろん遊歩道に柵はある。
馬の持ち主は、トラベラーと呼ばれる人たちらしい。
トラベラーとは、キャンピングカーで転々と移動して暮らしている人たちのこと。昔はジプシーと呼ばれていたけど、その言葉は今や差別用語でもう使ってはいけない。
噂によると、ここらに馬を放し飼いにしてるようだ。一度何頭いるのか数えてみたが、ざっと三十頭以上いる。最近では仔馬も生まれてもっといると思う。
馬の放し飼いが問題になっているようにもなく、土地の持ち主とトラブルになっているも様子なく、よくわからないが、なんだかの取り決めが成されているのだろう。動物には優しい。さすがアニマルライクスの国だ。それに、土地がありあまっているのだろう。土地があると心も豊かになるのかな。余裕ぶっちぎり。そしてこの国の動物に対しての人々の愛はネス湖よりも深い。
馬たちがこの村に現れたのは3月くらいだったか、その時から日課だった散歩が、散歩と言うよりも、りんごや人参をもって馬に会いに行くのが目的となった。ちょっとしたトリート。
この子は一番最初に見つけた仔馬。ベイビーと名付けた。
え?!ロバ?ロバなの?
なんだか、ロバっぽい寂しそうな顔をしていて、そのみすぼらしい姿にぐいっと心を持っていかれた。
そしてこの子は美人のラヴハート。
そのほか、ヤギのようなヤギー・ザ・スリーカラー、帽子をかぶったような模様のハッティー、リーダー的なイケメンのマーブルなどなど、勝手に名前を付けた。何度も馬に会いにいくうちに彼らそれぞれのキャラクターが分かってくる。
りんごの入ったビニール袋をガサガサと音をたてながら、彼らの名前を呼ぶと、警戒しながらそろりそろりと近づいてきて、もう一度ガサガサするとギャロップでやってくる。りんご欲しさに寄ってくるだけかもしれないが、今や心通じるともだちだ。
そう思う。
一方的に。
ロバっぽかったベイビーはグレイの毛が生え変わり、美しい黒い毛になった。一時は弱々しくて、大丈夫かなと心配してたけど、今やこんなにカッコよくなった。かなり馬っぽい。
「馬だってばっ!」
童謡に
お馬の親子は仲良しこよし♫
っていう歌がある。
本当にそうだ。母馬と子馬はいつも一緒。
ちょっと子馬の姿が見えなくなったら、お母さん馬はひひーんと嘶いて仔馬を呼ぶ。あわててお母さん馬に駆け寄り、体を擦り寄せたりミルクをねだったりする仔馬。
その光景に、キュンと胸を締め付けられる。和むとか、癒されるって思いも通り越して、しあわせだなと思う気持も通り越して、なんだろう、よくわからない気持ちになる。しいて言えばちょっとだけ悲しみに似た感情で、涙が出そうになる。こんな気持ち、なんか的確な表現はあるのだろうか。
1日中でも見ていたい。
時を忘れてずっと見ていられる。
ふと気がつくと、あたりが薄暗い。
ああ、日が短くなった。
昨日までゴールド色に輝いていた麦畑は今日のうちに刈られていた。
ハーベストタイムだ。